トマトが日本で鑑賞用から食用として認められ、今こんなにも食べられるようになるまでには、臭みをなくしたり病気に強くしたりと、その裏には育種家たちの努力がありました。育種家たちが利用する品種改良技術にはどのようなものがあるのでしょうか。
交配育種はいいとこ取り
交配育種は、形質の異なる品種同士を掛け合わせ、その子孫から目的の形質をもつものを選抜していく方法です。かつて自然突然変異によって生じた嗜好に合う株を選抜していたのに対し、積極的に目的の形質を求めることができるため、現在でも多く用いられている方法です。労力はかかりますが、その組み合わせ次第で思いがけない形質が生まれることがあるのも、この方法の醍醐味です。
トマトで有名な品種の一つである「桃太郎」(タキイ種苗)は、この交配育種を繰り返し、約15年という長い試行錯誤の結果生まれたものです。1960年代後半当時、高度経済成長に伴いトマトの産地が大都市から遠隔地に移ったため、まだ緑色が残る内に収穫し、輸送中に成熟させる方法がとられていました。しかし、この方法では消費者に届くトマトの味は十分ではありませんでした。そこで開発者は熟しても輸送できる硬さである「フロリダ-MH1」や、糖度やうま味のある系統、果肉が厚い系統と、何百品種との交配と選抜を繰り返し、その形質を加えていくことで、食味もよく完熟してから収穫しても崩れない品種が完成しました。
またF1品種とは、特定の母親品種と父親品種を交配して作られる品種のことです。その組み合わせ次第で、両親の能力を超えるものが生まれ、また特徴も均一になるため栽培しやすく、今では栽培されているトマト品種のほとんどが、F1品種です。
突然変異を人工的に
自分が持つ資源の中に目的とする形質をもつものがなければ、交配育種はできません。そこで人工的に突然変異を誘発し、性質の異なるものを作る方法が突然変異育種です。
青梨の代表品種である「二十世紀」は、明治時代から現在も愛されている品種ですが、ナシ黒班病にかかりやすいのが難点でした。1962年にガンマフィールド(茨城県常陸大宮市)に定植し、苗木にガンマ線を照射し突然変異が誘発させる頻度を上げたところ、中から病気に強い苗木が生まれました。こうしてできたのが「ゴールド二十世紀」です。
種子ができない植物にも利用できる点も、突然変異育種の利点です。
遺伝学や分子生物学の進歩
交配育種は、性質の異なる品種同士を掛け合わせ、その子孫から両方の形質を受け継いだものを選抜していくものと、先の項で述べましたが、生物の性質というのはゲノム配列によって決まります。1990年代後半になるとゲノムの解読が進み、野生種と栽培種でどの配列が違うのか、病気に強いのはどの配列なのか、ということが次々明らかになってきました。これまで栽培し、食味や病害菌の摂取試験といった実際の試験や見た目の形質によって選抜してきたものが、遺伝子配列によって選抜できるようになり、選抜の効率が向上するようになりました。
ゲノム編集技術はピンポイント育種
サナテックシード株式会社が使用しているのは、ゲノム編集技術という新しい品種改良技術です。ゲノム編集技術は狙った配列に変異を導入できるので、変異の入り方によってその遺伝子の機能を強化したり停止したりすることができます。これまで自然に変異が入った品種を選抜したり、交配で形質を移したりすることで、品種改良を行ってきましたが、ゲノム編集により、その手間が少なくなり、効率よく品種改良を行うことができるようになりました。
「シシリアンルージュハイギャバ」も、GABAの合成酵素遺伝子に変異を導入し、GABAを合成する力を高めました。
次回は「シシリアンルージュハイギャバ」でどのようなことを行なったのか、ご紹介します。
(参考図書)
- 鵜飼保雄・大澤良編著:「品種改良の世界史 作物編」,(加屋隆士,第13章 トマト)悠書館,2010
- タキイ種苗株式会社トマト育種チーム, (2020) 日持ち性を有し完熟出荷を可能にした高品質・良食味大玉系トマト「桃太郎シリーズ」の育種, 育種研究, 22(2), 184-188
- エペ・フゥーヴェリンク編著(中野明正・池田英男監訳),「トマト オランダの多収技術と理論ー100トンどりの秘密」,農山漁村文化協会,2012
- 中川仁. (2006). 放射線育種場の最近の成果と今後の発展. Radioisotopes, 55(6), 319-332.